大阪歴史街歩き下見 謎の阿麻美許曾神社
難読地名 住道矢田村(すんじやた)の歴史を訪ねると云うことで古代中臣氏(後に藤原氏)の領地で歴史が残る町内を散策。
そのうちの不思議な神社阿麻美許曾神社(あまみこそじんじゃ)について
謎その1 松原市に深く串差し東住吉区が存在
この神社を含む一帯はもともと(後に大阪市の一部となる)矢田村の一部であったが、江戸時代に大和川の付け替えにより川が矢田村を分断し、神社は大和川の南岸に切り離されてしまうことになった。この際に、南岸に残された矢田村の大半は後の松原市となる側に編入されることになったが、神社は矢田村の氏神であったことから、神社の周囲と参道のみは矢田村に残留した。このために、神社周辺は大和川の南岸にありながら大阪市に属しており、参道に相当する部分(下高野街道)が細長く松原市に食い込んで大阪市として存在している。
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