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2025年04月03日

「何でもはじめは堺から、世界に開かれた堺旧港と環濠を歩く」

今年は堺を多く設定しています。
「何でもはじめは堺から、世界に開かれた堺旧港と環濠を歩く」
中世から近世にかけての堺は日本国内では比類なき富と文化の集積地。進取の気性に富んだ自由な町文化が花開く東洋のベニスとして遠く西洋にもその名を刻む。その面影が今も残る環濠と堺旧港を訪ねその歴史を感じる。
南蛮橋(南蛮人像) → 堅川(環濠) → 吾妻橋 → 竜神橋 → 二代目中村富十郎住宅跡 → 龍神駅跡 → 神明神社 → 龍神堂 → 堺魚市場 → 堺旧港・龍女神像 → 旭橋の親柱 → 堺事件発生の地

堺の繁栄は、応仁・文明の乱の影響を受けて、兵庫の港から堺港へ遣明船が入港した1469年から大坂夏の陣にて堺のまちが壊滅的に戦火焼失する1615年までの約150年の間であった。
 その間、堺は、町人による自治都市、国際貿易都市として栄え、日本の政治、経済、軍事戦略上重要な地位を築いた。
 14~15世紀、元寇の敗北以後、中国の制海権が衰退し、日本人、琉球人が海洋民族として積極的にアジア海域へ進出した。15~16世紀のアジア、とりわけ日本は世界でも最も進んだ文明の中心地であった。
 世界から、“黄金のジパング”と呼ばれ、取引手段としての銀、金の供給元であり、日本の銀を目指して世界が動く時代であった。宣教師の来日もその目的の延長上に位置づけられていた。
 その栄華の中、堺の商人・千利休によって茶道が大成され、“もてなしの心”を基本とした「茶の湯の文化」として一世を風靡し、今日まで伝統的に連綿と引き継がれている。

■中世から夏の陣
中世1469 遣明船 応仁の乱で兵庫への入港が困難
東洋のベニス  フランシスコ・ザビエル来堺 
1566 三次三人衆敗れた松永久永 逃げ込み  会合衆が両者の調停
茶道具 千利休 呂宋助左衛門  鶏の水飲みを5000両
大坂夏の陣 豊臣方により街は灰燼とかす。

■ものの始まりなんでも堺
鉄砲/自転車/タバコ包丁/線香/私鉄-阪堺鉄道/木造洋式燈台/瓶づめの酒/学生相撲/三味線/堺緞通/金魚/水練学校/傘/チベット探検/ 商業定期航空/謡曲/ショベル・スコップ/鳥毛・菱垣廻船/機械縫製/足袋/堺更紗/医書大全/セルロイド工場/足踏み回転脱穀機/江戸浄瑠璃/隆達節/銀座/大筒/国道第一号/鉛丹/朱座/頼母子講/紙箱

「何でもはじめは堺から、世界に開かれた堺旧港と環濠を歩く」


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